SNOWY







 さくさくさく、足音が連なる。
 青の空と白い大地のコントラスト。
 その狭間に跡を残しながら進んでいく二つの姿。
「すごいな。ダイバーランドで雪が踏めるなんて」

 デリトロスの手下、ラーダによって天候を崩された結果、亜熱帯気候のヴァーチャルダイバーランドは白銀に覆われた。




 森の中はしんと静まり返っている。
 枝は雪の重みでたわみ、時折積もった雪がばさり、と落ちる。
 慣れない雪に足を取られ、思うように進まない。ちょっと休憩しようと言うジャンの提案により、二人は倒木の雪を払い落とし、腰を落ち着けていた。
「ケント、大丈夫?昨日出撃したばかりで疲れてるのに」
「それはジャンだって同じだろ。一日寝れば元気、元気!」
 ジャンの気遣いを笑い飛ばし、二の腕を叩いてガッツポーズを作る。
「でも、ラーダの襲撃が終わったばっかりなのに、ジャンって冷静だよな」
 ケントの素直な感嘆にジャンは複雑な表情を浮かべた。




                     ***




 事の起こりは数時間前。
「アオイ、僕とケントで薪を探してくるよ。また何時にデリトロスが攻めてくるかわからないし。いいだろ」
 昨日のラーダの襲撃から一夜明けた朝。
 出撃したケント、ジャンをはじめ、ラーダの力によって猛吹雪に見舞われた子供たち。
 慣れない出来事に疲れ果て、どうにか根城のワールドリンク管理局までたどり着いた後、気を失うように眠った。
 そこにこの台詞だ。
 いつもは一歩引いて物事を考える慎重派のジャンから、こんな台詞が出るとは意外だった。しかも、まだ体力の回復していないだろうケントに対して。
 突然の申し出に皆驚きの色を隠せなかったが、アオイだけは勝手知りたるジャンの意図を読み取り、にっこりうなずいた。
「ええ、お願いするわ。あまり遅くならないようにね」
 そうして、白一色の森の中に二人並んで座るに至るわけである。



 真剣な眼差しでケントは拳を握りしめた。
「確かにそうだよ。いつまたあいつらがやってくるかわからない。よおし、がんばって探そうぜ!」
 手のひらと拳をたたき合わせ、勢いをつけて立ち上がろうとするケントをジャンは黙って制止した。
 不思議そうにケントはジャンを見下ろす。
「─どうしたんだよ、あ、ジャンはもう少し休んでていいぜ。おれが一人で…」
「ケント、僕がケントを連れだしたのは薪を探す為じゃないんだ」
 言葉を遮って、ジャンは顔を上げないまま話し出す。
 いつもと違う雰囲気に、ケントは浮いた腰を下ろし、ジャンが口を開くのを待った。
「─聞きたいことがある」
「…ジャン?」
「あの吹雪の中、どうして一人で飛び出したりしたの?」

 突然ヴァーチャルダイバーランドの天候を変えられ、雪の中に閉じ込められた子供たち。
 荒れ狂う吹雪の中、ケントは助けを呼ぶため外へ飛び出し、遭難寸前になった。その上たった一人でラーダに襲われたのだ。

「…結果的にはラーダを倒すことができたけれど、どうしてあんな無茶をしたんだい」
 怒るわけでもなく、責めるわけでもなく。
 ただ静かなジャンの言葉が、雪のようにケントの胸に降り積もる。
「みんなを助けたいから。みんなを守りたいから。ケントはきっと答えるよね。昨日もそう言ってたから」


 先々日の戦いの後。
 戦闘の疲れを癒すようにとアオイから休憩を命じられたケントは、ぼんやりと曇天の空を見ていた。
 どことなく物憂げな表情を悟ったジャンが声を掛けると、ケントは驚いたように目を見開いた。
 内緒だけど、と前置きをしてケントは沈みがちな表情の原因を語り出す。
 そして聞いた、リュウトは倒され去ったのではなく、消えたのだと─
「みんなには黙っててな。余計な心配かけたくないし」
 そう言って、いつもの笑顔に戻る。
「─ケント」
 ジャンが口を開きかけたとき、空から舞い降りてきたひとひらの白い結晶。
「雪だ…」
 あとから降る白い雪片に言葉を溶かし、二人はただ空を見上げていた。


 白い森に、しじまが訪れる。
 動かない凍った空気を振り払うように、ケントは今度こそ立ち上がった。
「その通り!おれが弱音はいたら、カイトやみんなが不安がる。だから頑張ろうって思ったんだ。だっておれはみんなのこと、守りたいんだから」
 いつもの調子で 一気に言い切ったが、笑顔はなかった。口はまっすぐに結ばれている。
 丁度ケントの言葉を反芻するだけの時間を置いて、ジャンは、ゆっくりと顔を上げた。
「─僕ね、一つだけケントの嫌いなところがあるんだ」
「え?」
「何でも一人で抱え込むところだよ」
 びくり、とケントの肩が震えた。
 ジャンは目を逸らさない。
「ケントが僕らを心配してるのはわかってる。それはケントが僕らを大切に考えてるからだよね。だからみんなのために自分が何とかしなきゃって思ってる。…気持ちはとても嬉しいけど、それじゃあ僕らは何のために一緒にいるの?」
「ジャン…」
「君に助けてもらうため?君に守ってもらうため?そんなの違う。僕らはともに戦うウェブダイバーだ。なのに君だけが辛くて苦しい思いをするのはおかしいよ」
 遠くで、枝から雪の落ちる音がする。
 わずかな心の動きさえも、空気の震えになって伝わりそうな静寂。
 真一文字に結んでいた口から、余計な色のついていない思いが滑り落ちた。
「…でも、おれがそんなこと言ったら…」
「誰だって弱いところがあるとぼくは思う。だからちっとも悪いことじゃないんだよ」
 握りしめられた手が力無く開く。 ジャンは立ち上がって、肩に手を置いた。
「一人で抱え込まないでよ。弱音吐いたっていいよ。ケントは一人じゃないんだから。たまには、僕らのこと頼ってよ。寄りかかっていいよ。僕らにもいいかっこさせてよ」
 やさしい笑みに、見開かれていたケントの目が揺れた。
 それを隠すようにうつむき、自分より少し高い位置にあるグリーンの肩に額を押しつける。
 涙ぐんだ声は、雪のように降っては静まり返った森の中に溶けて消えていった。





                    ***




 差し出されたハンカチに、ケントは首を振る。 まったく、と苦笑がもれた。
「あとで洗って返してくれればいいから」
 そうでも言わないと顔を雪にでも突っ込んで拭きそうだ。
 うつむいたままハンカチを受け取り、思い切り鼻をかむ姿に、ジャンは吹き出した。
「…笑うなよ」
「だって、あんまり豪快だからさ」
 鼻声のケントは、おかしそうに笑うジャンを照れ隠しににらみつける。
 乱暴にハンカチを丸めてポケットに押し込み、一息ついた。
「…ごめん…」
「何言ってるの。悪い癖だよ、ケントのそういうところ」
 うつむくケントを覗き込んで諫める。
「あの…、さ。ジャン」
「わかってるよ。誰にも言わない」
 二人だけの秘密だよ、とほほえむ笑顔にケントはあ然とした。

 ─すごいな。
 ジャンはどうして、おれの言いたいことわかってくれるんだろう。

 ケントの疑問符を知りもせず、ジャンはワールドリンク管理局の方を振り返る。
 金の髪が晴れ渡った空にふわりと舞った。
「そろそろ戻ろう。アオイたちが心配する」
 アオイという単語に、薪を探して来るという任務を思い出した。
 にっこり微笑んで静かに怒るアオイと、その後の地獄のトレーニングを想像し青くなる。
「やばいよジャン、なんにも探してない」
「雪だから見つからなかったことにしとこうよ。大丈夫、管理局内に非常用のストックがあるから」

 気のせいだろうか。 ジャンが、何故だか酷く大人に見える。
(誰かを頼る、頼れる人がいるって、安心するんだな…)
 そんなことをぼんやり考えていると。
「ケント?」
 心の内を見透かすような、澄んだ青い瞳。
 動揺したケントはバランスを崩して雪に尻餅をついた。
「あっ…大丈夫?」
「あ、あはは!うん、平気平気!」
 このくらい気合いと根性!とわけのわからない言い訳をし、立ち上がろうとするが、慣れない雪に上手く体勢を立て直せない。
「落ちついて。ほら、つかまって」
 ジャンは笑いながら手を差しのべる。
 その手を掴むと、青い瞳が驚きに見開かれた。
 何だろうと思いながらとりあえず引き起こしてもらう。
「ケント、手、見せて」
「手?ああ、うん」
 ついた雪を払い落とすのを止め、言われたとおりに差し出すと、手のひらは赤く腫れかけていた。
 いつの間に、とケント自身も驚いた。
「もしかしてしもやけになったんじゃない?ほら、こんなに熱持ってる」
「しもやけ?」
「きっと雪の中走り回ったから…痛くない?」
 心配そうにジャンはケントの腫れ上がった手を包み込んだ。
(─なんだろ、これ)
 見据えたときにも感じた、不思議な感情。
 つめたくて長い指が手のひらに触れる。
(なんなんだよ)
「あとでカロンに聞いてみよう。治す方法を知ってるはず…どうしたの?」
 聞きたいのはこっちの方だ。顔もしもやけになるんだろうか。
「な、何でもない!じゃあ早く帰ろうぜ、ジャン!」
 ケントはくるりと踵を返して、童謡に出てくる犬の如く雪の中を駆けていく。
 取り残されたジャンは微苦笑し、ゆっくりケントの後をついて歩き出した。


 視界から大分遠ざかったところで、ケントがぴたりと立ち止まる。
「ジャン!」
「なに?」
「たまには、グチ聞いてくれるか?」
 らしい行動─それでも、少しは進歩したかな─と、ジャンは手を挙げる。

「いつでもいいよ」



 確かな約束も、不可思議な気持ちも。
 いまは全て、この雪の中の出来事。


















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 7777hit、あやさまのリクエストです。 42話・43話のあたりの話です。
 私ジャンは好きですが、WDという話自体は正直疑問符でして(スススイマセン…)特に今回題材に取り上げたケントの立場です。「おれがみんなを守る」的な一人突っ走る態度。そしてそれに甘えてしまう仲間たち。いくら力の差があるからって何でケント一人を矢面に立たせるんだろうという気持ちが常にありました。特にカイト。ウェブダイバーになって少しは変わるかと思えば最終回まで兄ちゃんに寄りかかりっぱなしなのはどうだろう。小さいから無理?いやでも、タケル(デジモン)は強かったぞ…。
 ケントもとりまく仲間もそれはいかんだろう、という思いをジャンさんに昇華してもらおうと考えた話です。所詮偏ったジャンファン。おいしすぎだよお前!(笑)
 43話、駆けつけてくれたのがジャンでよかった…

 微妙にジャンケンテイストを目指してみました。あやさま、 リクエストありがとうございましたvv

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ニイボリさん素敵な小説、有難うございました。私もニイボリさんと同じようにWDに関しては疑問を持っていたんですよ。
ケント一人で頑張り過ぎですよね!!ケントとグラディオンをメインに甚振る敵ですから、他のウェブダイバーが出てきても相手にしてもらえないのかも知れませんけど(苦笑)カイトはウェブダイブ出来るのにぜんぜん出撃しないですし・・・。

デジモンサイトさんなのにウェブダイ小説リクしてしまって申し訳ありませんでした。
本当に有難うございました。
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